こども家庭庁が鳴り物入りで進める「少子化対策」のニュースを見るたび、私は激しい憤りで目の前が暗くなる。国は「未来のための投資」だの「子育て世帯の支援」だのと綺麗事を並べ立てるが、その財源のために社会保険料を上乗せし、これから家庭を持つはずの若者たちの手取りを容赦なく削り取っている。これでは本末転倒、若者を貧困に追い込んで出生率をさらに引き下げるだけの愚策ではないか。若者が自分の生活だけで精一杯になり、結婚も子育ての未来も奪われているこの国の異常な現状に、私は一人の年寄りとして、もう黙っているわけにはいかない。
【矛盾の極み】少子化対策のために手取りが減る?
今のこども家庭庁のやり方を見ていると、情けなくて、そして腹が立って、年甲斐もなく手が震える。
少子化を止めるための政策だというのに、その財源を、これから家庭を持とうという若い世代から毟(むし)り取る。
これが本末転倒でなくて何だというのか。
政府は児童手当の拡充だの、保育支援だのと、耳障りの良い「子育て支援」ばかりを並べ立てる。
だが、その金はどこから出る?
社会保険料の上乗せだろう。
要するに、若者のなけなしの手取りを先に削っているのだ。
「子どもを産め」と言いながら、結婚や子育てに必要な地盤を国が率先して崩している。
今の若者は本当に不憫(ふびん)だ。
給料は上がらん、物価は上がる、家賃も高い、その上奨学金の返済まで背負わされている。
私が若かった時代とは、背負っている荷物の重さがまるで違う。
そんな若者たちに、さらに負担を被せればどうなるか。
自分の生活だけで精一杯になり、結婚を諦め、子どもを持つなど夢のまた夢になる。
当たり前の道理ではないか。
いくら「子どもが生まれた後の支援」を豪華にしても、そこに行き着く手前で若者が潰されてしまっては、生まれるはずの子どもも生まれない。
これでは「結婚できる恵まれた層」だけを前提にした、机上の空論だ。未来への投資という綺麗事で、今の若者を燃料のように燃やし尽くすのは、もうやめなさい。
国が若者の未来を奪ってどうするのか。
「結婚・子育ては贅沢品」に変えた犯人!
毎月の給与明細を見るたび、若者たちが溜め息をついている。
その姿を思い浮かべるだけで、私の胸は締め付けられるような怒りでいっぱいになる。
政府が「支援金制度」などと称して社会保険料を上乗せする。
その結果何が起きているか。
子どもを増やすためと言いながら、子どもを持つ前の若者から、生きるための「可処分所得」を毟り取っているのだ。
これでは、結婚や子育てが富裕層だけの「特権」や「贅沢品」になってしまうのも無理はない。
昔は違った。
私の若い頃は、いくら狭い家でも、どれほど収入が少なくても、「これから二人で力を合わせて頑張れば、なんとかなる」という人生の伸びしろがあった。
しかし今の若者はどうだ。
共働きは大前提、保育園探しに奔走し、住宅価格も教育費も高騰、挙句の果てには「子ども一人に数千万円かかる」と脅される。
結婚というものが、幸せな歩み寄りではなく、気が遠くなるような「巨大な経済責任」になってしまっているのだ。
そんな若者たちに、消費税や物価高、実質賃金の低下という重荷を負わせた上で、さらに「少子化対策のために負担を」などと、よくもまあ抜け抜けと言えたものだ。
若者たちが「その負担増のせいで結婚できないんだ」と怒り狂うのは当然である。
未来への投資だの全世代で支えるだの、政府の理屈はいつも綺麗事ばかりだ。
だが、その未来に辿り着く前に若者の人生設計が崩れてしまっては、何の意味もない。
子どもを増やしたいなら、まず若者を貧しくするのをやめなさい。手取りを増やし、未来に賭ける余力を彼らに残すこと。
それこそが、国を司る者が真っ先に果たすべき責任ではないか。
「今の生活で手一杯」な世代に未来への投資を求める?
政治家や官僚の語る言葉を聞いていると、彼らは一体どこの国の話を狂おしく喋っているのかと、耳を疑いたくなる。
彼らが並べ立てるのは、賃上げ率だの支援予算額だのといった、冷たい「統計の数字」ばかりだ。
しかし、いまの若者が毎日必死に向き合っているのは、給料日前の預金残高であり、スーパーの悲鳴を上げたくなるような値札であり、毎月容赦なく引かれる電気代や保険料という「血の通った生活」そのものである。
この致命的な温度差に、なぜ国を動かす者たちは気づかないのか。
政府は「賃上げが進んでいる」と胸を張るが、若者の手取りが増えた実感など皆無に等しい。
なぜなら、わずかに基本給が上がったところで、それ以上に社会保険料や税金が毟り取られ、物価の上昇に追いついていないからだ。
額面だけの数字をいじくって「改善した」と言い張るなど、欺瞞(ぎまん)も甚だしい。若者たちの経済的な“体感治安”は、限界まで悪化しているのだ。
私たちの時代は、正社員になれば年功序列で給料が上がり、一馬力でも家族を養えるという「人生の見通し」があった。
だが今は、非正規雇用が増え、終身雇用は崩壊し、将来への不安ばかりが募る。
そんな不安定な地盤の上に立つ若者に向かって、「未来のために社会全体で支え合おう」などと負担を強いるのは、あまりにも酷ではないか。
自分の人生の基盤すらグラグラしている若者に、他人の分まで背負えと言うのか。
高所得で雇いも安定し、生活インフレなど痛くも痒くもない人間たちが、机の上で「少子化対策」をこねくり回している。
だから若者にとって、恋愛や結婚が夢ではなく、ただの「リスク計算」になってしまうのだ。
結婚という人生の入口にすら辿り着けない若者を置き去りにし、数字合わせの政策に狂奔する政府の姿には、怒りを通り越して深い絶望すら覚える。
彼らの見ている幻と、若者の生きる現実の断絶を、いい加減に認めなさい。
可処分所得(手取り)の減少=出生率の低下!
「手取りが減れば、結婚も子どもも減る」――これは若者たちの甘えでも、単なる愚痴でもない。
過去数十年の歴史と、厳然たる経済のデータが証明している、動かしようのない事実である。
私が生きてきた昭和の時代から、この国は「安定した収入がなければ、家庭を持つのは難しい」という構造のまま何も変わっていない。
それなのに国は、1990年代の後半から実質賃金を停滞させ、非正規雇用を増やし、社会保険料の負担をただただ重くし続けてきた。
若者を貧困へと追いやる歪んだ政治と並行するように、婚姻数も出生数も右肩下がりに落ちていったのは、誰の目にも明らかな因果関係ではないか。
若者が本当に恐れているのは、目先のお金がないこと以上に、「この国のせいで、自分の将来が全く読めない」という底なしの不安なのだ。
特に20代後半から30代前半という時期は、結婚や出産、住宅の購入など、人生で最も金がかかる。
その一番大切なタイミングで、物価高に加えて社会保険料の引き上げという直撃弾を浴びせるなど、正気の沙汰とは思えない。
「子どもはもう少し生活が落ち着いてから…」と若者たちが耐え忍んでいるうちに、時間は残酷に過ぎ去っていく。
出産の年齢には限界があるのだ。「あとで取り戻す」ことなど絶対にできない。
この当たり前の命の営みを、お偉方たちは一体何だと思っているのか。
いくら「生まれた後の子育て支援」に金を注ぎ込んでも、土台となる若者の手取りを削り取っていては、生まれるはずの命の芽を国が摘んでいるのと同じだ。
少子化の原因そのものを自ら作り出しておきながら、まだ若者に負担を求めるのか。
現役世代をただの「財源」としか見ない国に、未来を語る資格など万に一つもない。
本当に必要なのは「取る対策」ではなく「残す対策」!
少子化対策、少子化対策と、まるでお題目のように唱える政府の浅はかさには、ほとほと愛想が尽きる。
彼らがやっているのは、若者から無理やり「取る対策」ばかりだ。
いま本当に必要なのは、彼らの手元に一円でも多くお金を「残す対策」であることに、なぜ気づかないのか。
今の若者から「将来を描ける経済的安心感」を奪ったのは、他でもない国の失政だ。
昔は正社員になれば結婚でき、一馬力でも家が持てた。
しかし今はどうだ。
「自分一人が生きるだけで精一杯」「お金が怖くて結婚できない」と、若者たちが未来に怯えている。
この冷酷な現実を前にして、さらに社会保険料を上乗せするなど、正気の沙汰ではない。
「子育て支援」のつもりが、手前の「結婚できる人間」そのものを絶滅させているのだ。
子どもにお金を配れば解決すると思ったら大間違いだ。
本当にやるべきは、減税や社会保険料の軽減によって、若者の「手取り」を守り、回復させることである。
人間は、心と財布に余裕ができて初めて、恋愛をしよう、結婚をしよう、子どもを育てようという前向きな希望を持てる。
若者が人生の出発点で「無理ゲーだ」と絶望し、人生を詰ませてしまうような国に、未来などあるはずがない。
少子化の本質は、子どもが生まれないことではなく、若者が未来に希望を持てなくなっている病理なのだ。
若者から毟り取って配り直すだけの欺瞞(ぎまん)の政策は、今すぐおやめなさい。
若者の手元に未来の原資を残し、彼らを笑顔にすること。
その温かい土壌があってこそ、命は自然と次代へ繋がっていくのだ。
まとめ
結局のところ、国を司る者たちがやらねばならんのは、若者から金を毟り取る「取る対策」ではなく、彼らの手元に一円でも多くお金を残す「残す対策」だ。
子どもが減ったのは、若者の心が冷え切ったからではない。
国が彼らを貧しくし、未来を夢見る余力を奪い去ったからだ。
不安定な雇用、重すぎる税金、上がる一方の社会保険料。
これらすべての足枷(あしかせ)を外してやり、若者が「この国でなら安心して生きていける」と思えた時、子どもは自然と増えていく。
それが本来の筋道というものだ。若者をすり潰して財源を作るような、本末転倒の少子化対策はもうおやめなさい。
未来の宝を育むのは、他でもない、いまを必死に生きる若者たちなのだ。
彼らを信じ、その生活を真っ先に支えること。
これこそが、この国が存続するための唯一の道であると、私は声を大にして言いたい。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
合わせて読みたいこども家庭庁の関連記事 ⬇





コメント